【連載企画について】本企画は、築35年の木造戸建ての売却に挑む売主・Nさんと、仲介を担当するJapan. asset management(株)の内山博文(うちやま ひろふみ) が「リアルな売却プロセス」を追いかけるドキュメンタリー連載(全3回予定)です。
資産価値や建物の不具合にどう向き合い、双方が納得する取引を目指すのか。リアルな検証と意思決定のプロセスをお届けします。
連載:築35年戸建て売却ドキュメンタリー(第1話 / 全3回)
築35年の木造戸建てと聞くと「古い」イメージを持つ人も多いのではないでしょうか。売主としては「建物に価値を感じてもらえないのでは」「売却後に不具合が見つかったらどうしよう」という不安も感じる築年帯かもしれません。
まさに、築35年の木造戸建てを売却しようと検討していた建築士のNさんも、同様の不安を感じていたと言います。そこで仲介を担当したJapan. asset management(株)の内山 博文(うちやま ひろふみ)は、こうした不安を払拭し、買主にとっても納得感のある取引になるよう、検査(インスペクション)の実施や瑕疵(かし)保険の加入を提案。検査後には想定していなかった不具合が指摘されましたが、保険への加入も見据えつつ「隠さず、正直に売る」という戦略で売却に臨みます。
本記事では、売主のNさんと内山が、売却の経緯や検査の実施、保険加入の検討にいたった背景を振り返ります。
売主:Nさん(神奈川県、50代:建築士)の背景
物件概要約20年前に購入し、賃貸運用していた東京都市部の木造戸建て。築35年、4DK
売却の背景
入居者(借主)の退去を機に売却を決断。購入時と同程度の価格での売却が見込めるタイミングでもあり、投資としての出口を確定させたいと考えていた
1. 【相談】「十分稼いでくれた」築35年、投資用に保有していた一戸建てを売却
——売却する一戸建てについてお聞かせください。
Nさん:投資用物件として賃貸に出して収益を得ていた一戸建てです。不動産業をしている義理の父に「若いうちに不動産を1軒、持っておくといい」と言われ、20年ほど前に購入しました。築15年のときに購入したので、現在は築35年です。
私は建築士なのですが、購入して賃貸に出す前に壁紙を張り替えたり、簡単にクリーニングをしたりはしたものの、構造や間取りに手を加えたところはありません。その後も入居者が入れ替わるタイミングで修繕・補修などはしてきましたが、大きな改修はしていません。
——売却する理由は?
Nさん:十分稼いでくれたというのが一つ。そしてもう一つは、完全に収益目的での購入で、私が住んだこともなく、古くなって持っていることの煩雑さを感じるようになったためです。入居者が退去したタイミングで、このまま貸し続けるのか、売却するべきなのかで悩み、内山さんに相談したところ「それなら手放したほうがいいかもしれない」と言ってもらえたため、売却を決意しました。
内山:これまでの収益と売却相場のバランスを考えたときに、手放す前提なら今がベストなタイミングだと判断しました。市況も悪くなく、購入時と同程度で売却できる見込みです。これまで収益化できていたとすれば、投資としての目的を十分果たしたことになります。
今後、手を加えなければ、家賃を上げることはもちろん、維持していくことも難しくなる築年帯です。特別な思い入れがあるわけではない物件に追加の投資をするより、手放して売却したほうがNさんにとってもよいと考えました。とはいえ、築35年で主に内装の修繕や簡易なメンテナンスしかしてこなかった物件なので、売却戦略をよく考えなければならないという条件付きで話が始まりました。
2. 【検査の決断】安心・安全に売るために「検査(インスペクション)が欠かせない」と判断
——なぜ「売却戦略をよく考えなければ」と感じたのでしょうか?
内山:まず投資物件として売るには、利回りから取引価格を算出することになり、古くて家賃が下がった状態ではどうしても取引価格として不利になります。そのため、居住用物件として売るほうがいいと判断しました。加えて、この物件は傾斜地に立地しています。建物が古い場合には土地(建物を解体して土地のみ、または古家付き土地)として売る方法もありますが、今回の場合、買主が建物を新築するとなると、擁壁から手を入れ直す必要が生じる可能性が高い。建築コストがかさむと見込まれれば買い手はつきにくく、土地としての評価だけでは売却条件は悪くなります。そのため、既存の建物を活かしてくれる買主に建物そのものをきちんと見せたうえで売る戦略が合理的と考えました。
建物の状態を確かめるためにNさんと現地へ足を運びましたが、明らかな不具合は見当たりませんでした。ただ、外観上の問題がなくても、築年数やこれまでのメンテナンス履歴を踏まえれば、表に出ていないリスクが潜んでいる可能性は否めません。そこで安心して取引していただけるよう、「検査(インスペクション)」の実施を提案しました。検査(インスペクション)で指摘された箇所を改善し、一定の要件を満たせば、瑕疵(かし)保険にも加入できます。保険まで付帯できれば、買主にとっての安心材料はさらに増えます。保険加入の可否は検査結果を見て決めるとして、まずは検査だけでも済ませておくのが望ましいというのが私の見立てでした。

——売主として、検査(インスペクション)や瑕疵(かし)保険を提案されてどう受け止めましたか?
Nさん:瑕疵(かし)保険の存在は知っていましたが、中古住宅でも加入できるとは考えてもいませんでした。ただ買主の視点で考えれば、検査(インスペクション)を実施してもらったほうが安心して購入できますし、できれば瑕疵(かし)保険にも加入したいと思うはずですから、内山さんの提案は納得のいくものでした。
内山:投資用物件としてではなく、居住用の物件として売却したほうが好条件で売れる見込みが高いというのも、検査(インスペクション)や瑕疵(かし)保険を提案した理由の一つです。やはり、自分で住むとなると投資物件以上に安心感を求める人が多いですからね。
もちろん「調べなければわからない」という状態のまま売ることもできます。実際、多くの物件は現状まだそのような状態で市場に出ており、売主の利益だけを考えればそのほうが楽かもしれません。しかし、それは本来の売り方、あるべき取引の姿ではないと考えます。仲介者としても古い建物の購入希望者に対して“知らぬ存ぜぬ”ではなく、事実を伝えることで選択肢や可能性を提供することができ、より誠実に対応することで、しっかりと未来に受け継いでいただける建物になり得るとも考えました。
3. 【検査の結果】検査(インスペクション)で構造にも関わる不具合が発覚!さて、どうする!?
——実際に検査(インスペクション)をしてみていかがでしたか?
内山:想像以上に多くの不具合が明らかになりました。屋根や外壁の劣化事象などが確認されたことにより、今後、部分的な漏水や雨漏りも起きてしまいかねないという結果でした。


また、構造に関する劣化事象もいくつか確認されました。1991年築ということですから新耐震基準で建てられていますし、見た目にも大きな不具合は確認されなかったので、正直なところ「大丈夫だろう」と思っていた部分もありました。ところが、基礎のクラックや床の傾斜といった所見が出てきて、新耐震基準を満たす時期に建てられた住宅であっても、構造に関する劣化事象は確認されることがあるということを思い知らされました。
<キーワード解説・用語集>
新耐震基準Nさん:これまで大きなトラブルもなく、入居者からクレームを寄せられたこともありません。収支を重視する投資ということもあって、外壁や屋根の塗装、あるいは防水の処置などはまったくしてこなかったので、当たり前と言えば当たり前かもしれませんが、予想以上に芳しくない結果でした。投資物件は、オーナーが居住性や状態を随時確かめられるものではありません。一見すると大丈夫そうに見えても、実態としては劣化や損傷が進んでいることがあることを痛感しました。
——検査結果を受けて、どのようなアクションを取ったのでしょうか?
内山:Nさんには、不具合が拡大する前に適切な修繕をして売却することを提案しました。不具合箇所を修繕することで、瑕疵(かし)保険に加入できる可能性もあります。「新耐震だから安心」と謳えば、特段手を加えず、価格さえ調整すれば買い手はつくかもしれません。しかし、「安心」ということを鵜呑みにして購入した人が、いざ不具合事象に直面すれば、トラブルに発展する可能性もあります。
疑いもなく「新耐震なら安心」と考えてしまいがちですが、実は建設時期による基準の違いなど新耐震の建物にも幅があります。また、新耐震であれば構造に関する劣化事象が少ないとも限らず、ここは売主も買主も注意していただきたいところですね。安心して取引するには、検査内容を買主に全て開示し、保険の加入が可能な修繕のラインを提示するのが大前提です。とはいえ「保険よりキッチンを直してほしい」という買主もいるかもしれません。ニーズに応じてさまざまなリフォームメニューを提示したうえで、実際にどこまで修繕するか協議し、買主に“選択権”を残す方針も検討したいと思います。

——検査(インスペクション)や修繕、瑕疵(かし)保険の加入は売主の義務ではありません。それでも検討・実行した理由は?
Nさん:建築士として新築やリフォーム・リノベーションに携わるなかで「クオリティを保つ」ことをずっと大切にしてきました。これから住む買主さんの安心・安全のため、そしてトラブルを避けるためにも、気持ちの悪い売り方はせず、一定のクオリティを担保して引き渡す重要性を感じてのことです。
不動産の売却は初めてなのですが、売主として最大限、状態を把握し、できる限りこちらも安心できる状態で買主さんに引き継ぎたいと思いました。内山さんの提案は納得いくものであり、たとえ費用負担があったとしても、その責任が自分にはあると感じています。
<キーワード解説・用語集>
リノベーション4. 【戦略決定】検査・修繕・保険による売主のメリット。「買主の安心」だけではない
——検査(インスペクション)の実施や瑕疵(かし)保険の加入によって、より好条件で売れるという可能性はあるものなのでしょうか?
内山:買主側の仲介担当者から質問や疑問、あるいは不安視する声が上がることはあると思いますが、検査を実施することで、その時点での建物の劣化状況(雨水・構造等)を把握でき、漠然とした不安に応えることができます。
実際、中古住宅、特に築30年を超える木造住宅を検討する人が、そうした不安から購入を見送るケースは少なくありません。もちろん買主自身が検査やリフォーム・リノベーションして不安を払拭するという方法もありますが、慣例上、取引前に実施することは難しく、まだまだ「漠然とした不安=購入を見送る」という判断になりがちです。裏を返せば、買主が自身で購入後に検査や修繕することを前提として、リスクのある不動産を購入するケースは多くありません。今はまだ、売主側が検査し、修繕して保険にも加入して安心を付帯して売るほうが、好条件で売れる可能性が高いと思います。
買主や仲介会社の考え方次第ではありますが、既存の状態や検査・保険の意義、検査結果をロジカルに買主側に伝えることで、より好条件で売れる可能性は十分にあります。検査済みであること、その情報を開示すること、そして修繕や保険の方針を提示することで、買主が判断できる状態にすることが大切です。検査や保険の意義は、買主の「安心」だけにとどまりません。売主は基本的に「契約不適合責任」を負い、契約内容に適合しない不具合などについて責任を問われます。仲介会社の側も「善良な管理者の注意義務(善管注意義務)」が問われるため、建物や取引自体の安全性は十分に担保すべきであり、こうしたリスクに鑑みても検査や保険の意義は非常に大きいと考えます。
<キーワード解説・用語集>
契約不適合責任契約不適合責任についてもっと詳しく
民法の改正で売主の負担がUP!?リスクを回避する方法を専門家が伝授Nさん:私はこれまで何件か不動産を購入してきましたが、検査済みの物件を買ったことはなく、検査(インスペクション)や瑕疵(かし)保険について説明を受けたこともまったくありませんでした。検査してもらえていたら、より安心して購入できていたはずです。また、瑕疵(かし)保険についても、その仕組みを理解したうえで、どこを修繕すればいいのか、売主と買主のどちらが修繕するのかといった話し合いができれば、取引全体の納得感も高まると思います。
内山:売主・買主が判断できる情報を提供することは、仲介会社の大事な役割の一つです。とはいえ、検査(インスペクション)の実施やリノベーションの実施、瑕疵(かし)保険への加入は、最終的には売主や買主の意向次第。既存の状態のまま購入し、自分で色々改修していきたいという人もいるでしょうが、いずれにしても売主・買主・仲介の三者が安心して取引ができる瑕疵(かし)保険という存在や意義を知っておくべきですよね。築35年というと、建物をよく見ることもせず「土地値でしか売れない」と判断する仲介会社が多いのも事実です。売主としては、ここまで踏み込んで考える仲介会社に依頼することが、納得のいく取引への第一歩となるはずです。
Nさん:私はこれまで、基本的に設計にのみ携わってきました。不動産の売り方は一つではなく、建物の状態や土地の条件、需要、さらには売主・買主の意向などによって、さまざまな売り方があるというのは新たな学びです。こうした売り方や視点が当たり前になっていけばいいと思います。これから実際に販売していくことになりますが、自分も、そして買主となる人も、双方が納得できる取引になることを祈っています。
5. 【まとめ:次回予告】売主・買主・仲介、関わる人全てが納得できる取引のために。第2話「修繕・保険適合編」へ
不動産の売り方は一つではありません。Nさんは「売主だけが満足するような売り方には違和感がある」という思いから、検査(インスペクション)を実施し、買主の意向も聞きながら瑕疵(かし)保険の加入も見据えて売却に臨みます。
検査(インスペクション)や修繕、瑕疵(かし)保険への加入は、売主の義務ではありませんが、Nさんは「検査・開示が当たり前、というこの形が中古住宅売買の一つのスタイルになってほしい」とも語ります。検査(インスペクション)や瑕疵(かし)保険は、買主の安心につながるだけでなく、売主や仲介会社のリスク軽減にも寄与し、関わる人全てが納得できる取引を実現するための仕組みです。
Nさんの物件は、これから修繕、そして販売活動へと進んでいきます。実際にどこをどう修繕し、どう売り出していくのか。その過程は、続編であらためて紹介します。
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