売るコツ

民法の改正で売主の負担がUP!?リスクを回避する方法を専門家が伝授

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秋野 卓生

2020年4月、民法のうち「契約」に関わる債権関係の部分に大きな改正がありました。不動産売買も「契約」に該当することから、この改正は不動産を売却される方にとっても決して無縁ではありません。

特に不動産を売る人が知っておくべきなのは、売主に課せられる「瑕疵(かし)担保責任」が「契約不適合責任」に変わったこと。本記事では、弁護士の秋野卓生(あきの たくお)氏の見解を交えながら、民法改正による不動産の売主への影響とこれからの不動産売買におけるリスク回避術を解説します。

1. 民法改正とは?不動産売買にどう影響する?

民法は、不動産取引に密接に関わっています。数千万円にもなる不動産の売買を規律するものこそが、民法。安心・安全な取引をするためにも、不動産を売却される方は民法の規定について必ず知っておくべきだと言えるでしょう。民法は、国民の権利や義務、契約などを規定するルールとして私たちの生活や消費の基盤を形成してきました。2020年4月には、民法のうち主に契約についての規定など債権関係の規定に関する部分が大幅に改正されています。

民法について学ぶことは取引ルールを学ぶこと

不動産売買に関連する法律は、民法以外にも宅地建物取引業法や都市計画法、区分所有法(マンションの場合)など多岐に渡ります。その中でも、民法は「契約の基本ルール」という位置付けです。不動産売買、不動産取引とは、言わずもがな売主と買主による「契約」。民法について学ぶことは、取引のルールを学ぶことに直結するのです。

「当事者の合意」が重視されるルールに変更された

2020年4月の民法改正を一言で表現すると「当事者の合意」が重視される取引ルールへの変更です。従来まで、契約書に記載されている文言、内容の対象や範囲が曖昧だったこともあり、解釈が難しい節がありました。

たとえば2003年10月10日、「請負契約の約定に反する太さの鉄骨が使用された工事に瑕疵(かし=欠点など)がある」との最高裁の判決では、安全上、問題はなかったものの、契約の重要な内容と異なる施工は「瑕疵」であると判断。つまり「施主との合意内容と異なる」という理由で瑕疵が認められました。ただ、この裁判も、最高裁の原審である高等裁判所では、逆に建設会社の主張を認め「瑕疵はない」という判決が出ています。結果的に最高裁が逆転判決をしたと言うわけですが、このように解釈が分かれることは少なからずあったのです。

民法改正後は、契約締結前に当事者がお互い予測し得るリスクを協議したうえで契約条項とし「トラブルの芽を事前に摘む」という取引に発展することが期待されます。

民法改正とは?不動産売買にどう影響する?
  1. 民法について学ぶことは取引ルールを学ぶこと
  2. 「当事者の合意」が重視されるルールに変更
  3. 民法改正により「トラブルの芽を事前に摘む」ことに期待される

2. 120年ぶりの大改正、注目された改正内容とは?

民法の制定は、1896年。明治時代のことです。制定以来、民法は度々改正されてきたものの、これまでの改正は家族法が中心でした。2020年の改正では契約などを司る「債権法」が大きく変わりましたが、この分野は制定後ほとんど見直されてこなかった部分。民法制定から120年の間に大きく変わった生活や国内外情勢、関連法に対応すべく、大改正が実施されました。中でも、不動産を売る人が必ず知っておくべき改正は「瑕疵担保責任」が「契約不適合責任」に変わったことです。

「瑕疵担保責任」→「契約不適合責任」へ

2020年4月に施行された改正民法の注目点は「瑕疵担保責任」が「契約不適合責任」に変わったことです。「瑕疵」とは、欠陥や劣化などにより本来備わっているべき品質や性能が損なわれていることを指します。旧民法から使われてきた言葉ですが、日常的に使うことは少なく、先の通りこれまで「瑕疵」の定義や解釈を巡った裁判事例も少なくありませんでした。

従来まで不動産売買契約における売主に課せられていた「瑕疵担保責任」の対象は「隠れた瑕疵」です。つまり、買主が知っていた瑕疵、あるいはある程度の注意を用いれば知り得た瑕疵については瑕疵担保責任の対象外。しかし、改正民法では「瑕疵」という用語を廃止し「契約不適合=契約の内容に適合していない」という語を新たに用いています。これに伴い、売主の瑕疵担保責任は「契約不適合責任=契約の内容に適合していない部分に対する責任」に変わりました。

図表1:瑕疵担保責任と契約不適合責任の違い
旧民法 改正民法
売主が責任を負う場合 「隠れた瑕疵」がある場合 目的物が種類、品質又は数量に関して契約の内容に適合しないものであるとき
買主が取り得る手段 追完請求
(修補・代替物の請求)
×
代金減額 ×
解除 ○(契約の目的を達することができないとき) ○(不履行の程度が軽微でないとき)
損害賠償請求
損害賠償の範囲 狭い(例えば、転売利益などは含まれない) 広い(転売利益も含まれ得る)
損害賠償請求の要件としての売主の帰責事由 不要 必要
責任期間制限 瑕疵を知った時から1年以内 契約不適合を知った時から1年以内
責任期間内にすべきこと 権利行使(具体的に瑕疵の内容とそれに基づく損害賠償請求をする旨を表明し、請求する損害額の算定の根拠を示すことを要する) 契約不適合の通知(どの権利を行使するかの表明までは不要)
期間制限が適用されない場合 特になし 売主が引越しの時に不適合を知り又は重大な過失によって知らなかったとき

買主に新たに認められるようになった2つの権利

民法改正前、買主が売主に瑕疵担保責任として請求できたのは次の2つです。

  • 契約解除
  • 損害賠償請求

民法改正で契約不適合責任となったことで、買主は上記2つに加え、新たに次の2つの請求権が認められることとなりました。

1.追完請求権

契約の内容に適合していない欠陥や不具合の補修や代替物の引渡しを請求できる権利

2.代金減額請求権

追完請求に応じない売主に対し、不適合の程度に応じて代金の減額を請求できる権利

図表2:契約不適合責任における買主の請求権
概要図
民法改正によって従来より認められていた「損害賠償請求権」のほか「追完請求権」と「代金減額請求権」が追加された(図:中古住宅のミカタ編集部作成)

「隠れた」瑕疵でなくても請求できる

先の通り「瑕疵担保責任」の責任範囲は「隠れた瑕疵」。そして「契約不適合責任」の責任範囲は「契約に適合していない部分」です。欠陥や不具合が見られるものが「隠れて」いる必要はなく、あくまで契約内容と適合していないものが対象となります。

「知ったときから1年」から「知ったときから5年、権利行使可能時点から10年」に変更、実質的な期間延長

瑕疵担保責任の期間は、知ったときから1年と定められていました。一方、契約不適合責任の期間は、契約不適合を知ったときから1年、権利を行使できることを知った時から5年、権利行使可能時点(引渡し時)から10年。民法改正により、売主の責任期間は実質的に延長したと言えるでしょう。

瑕疵担保責任の免責が認められない場合もあることに注意

中古住宅の売買契約においては、瑕疵担保責任免除特約を付すケースもあります。しかし、「売主が引渡しのときに不適合を知っていた(のに買主に告げなかった)場合」と「売主の重大な過失によって不適合が発生した場合(売主自身が知らない場合も含む)」には、契約不適合責任の免責が一切認められません。

120年ぶりの改正!注目点は?
  1. 売主の責任が「瑕疵担保責任」から「契約不適合責任」へ
  2. 買主には新たに「追完」「代金減額」の請求権が追加
  3. 改正後は「隠れた瑕疵」でなくても請求可能に
  4. 改正後の売主の責任期間は実質的に延長

3. 売主の負担を軽減するためにできることは?

民法改正により、不動産を売る人の責任は重くなったと言えます。その分、不動産会社選びや契約内容の重要性は大幅に増幅しました。

改正にしっかり対応できる「不動産会社(エージェント)」選び

不動産会社(エージェント)が、民法改正を正しく理解しているとは限りません。改正が新型コロナウイルス感染症の拡大と重なってしまったこともあり、数年経った今でも、改正前と同じ感覚で仲介しているエージェントも少なからず見られます。売主の負担を軽減するには、これまで以上に買主との合意形成に尽力し、契約内容を吟味しなければなりません。また、売主や買主の立場を理解し、インスペクションや保険、保証などの仕組みを提案してくれる高い専門性があることも不動産会社選びの重要なポイントです。まさにその役割を担う不動産会社の重要性もまた、民法改正によって増したと言えるでしょう。

契約書に定める内容を精査・限定することが大切

民法改正で売主の責任が「契約不適合責任」となったことにより、契約内容の重要性は増しました。契約内容が曖昧であればあるほど、売主の責任や買主の言い分の正当性の解釈が難しくなるため、売買後、トラブルに発展する可能性は高まると考えられます。双方が合意した物件の状況や契約の条件は、契約書や付帯する物件状況確認書(告知書)などに明記することが大切です。

買取再販住宅など、購入する住宅の売主が宅建事業者であれば、宅建業法上、契約不適合責任期間は、不動産の引渡し時から2年を下回る合意をする事は出来ません。

一方、個人間の取引の場合、契約不適合責任は「任意規定」であるため、双方が納得すれば期間短縮や免責(責任を負わない)とすることも可能です。契約不適合責任の期間を「引渡しから3ヶ月」という特約を付けるケースも少なくありません。また、住宅設備を対象外としたり、買主の代金減額請求権を認めなかったりする特約を設けることも可能。つまり、買主との交渉次第で契約不適合責任の範囲や期間はアレンジできるのです。

この個人間の取引の場合に調整や交渉を担うのは、不動産仲介会社。このことからも、不動産売買における不動産仲介会社の重要性の高さを理解していただけるのではないでしょうか。

売主の負担軽減のためにできること
  1. 改正に対応できる不動産会社(エージェント)を選ぶ
  2. 契約内容を精査・限定する

4. 売主・買主両方の「安心」を担保できる方法は?

契約不適合責任は、先の通り個人間の売買においては任意規定です。買主からすれば、売主に対してできるだけ長期かつ広範囲が対象となる責任を求めたいところですが、売主の意向はその逆であるはず。両者の利益が一致しない以上、責任の範囲や期間については取引の要となることでしょう。とはいえ、第三者機関の助けを得れば、両者で一致する利益を見出すこともできます。具体的に言えば、それは売買前の「検査」と「保険・保証」の活用です。

検査(インスペクション)を行う

民法改正により「契約内容」の重要性が増したということは、すなわち売主・買主の「合意形成」の重要性が増したということです。たとえば「床の一部が剥がれている」「この窓は開きにくい」という事実があっても、両者が合意し、契約やそれに付帯する物件状況報告書、告知書などに明記され、契約不適合責任の対象外とする旨、売主・買主間で合意すれば、当該箇所については、契約不適合責任を売主は負わなくて良い事となります。

一方、不具合は、目に見える部分だけのものとは限りません。たとえば、契約不適合責任の期間中に、売主も認知していなかった腐食により雨漏りが発生した場合も「知らなかった」という理由で責任から逃れることはできないのです。契約不適合責任とは、あくまで契約内容と適合していない部分に対する売主の責任となります。

見えない部分の状況を確認するには、売買前の検査(インスペクション)が効果的です。インスペクションとは、国土交通省の定める講習を修了した建築士が、建物を検査することを指します。検査の対象は、基本的に住宅の床下や屋根裏、外壁、防水に関する部分などです。

インスペクションを行うことで買主の安心につながることはもちろん、売主にとってもさまざまなメリットがあることがわかっています。「土地・住宅に関する消費者アンケート調査(2017年3月)」では、インスペクションを行なった売主のうち半数以上が「自宅の売却が希望価格で売れた」(64.3%)や「買い手が早く見つかり売却がスムーズにできた」(51.8%)などの実施効果を感じていました。

図表3:検査(インスペクション)の利用効果
グラフ
自宅を売却したときにインスペクションを行った人の多くがその効果を感じていることがわかる(図:全国宅地建物取引業協会連合会「土地・住宅に関する消費者アンケート調査(2017年3月)」のデータを元に中古住宅のミカタ編集部作成)

建物保証の仕組みを活用する

安心な取引を行うため、不動産会社ではさまざまな保証の仕組みを設けています。

宅建事業者が売主の場合は契約不適合責任を全うするために独自の保証サービスを設けていたり、次で紹介する「かし(瑕疵)保険」に加入することで保証を行っていたりします。

一方、個人が売主の場合は間に入る不動産仲介会社が「建物」や「設備」について独自の保証サービスを付けている場合があります。

いずれの場合も独自の保証サービスのため、細かい基準が不明確であったり、アフターサービスの基準がなかったり、会社ごとに内容が異なったりするため、十分に確認をしてから媒介契約を締結することが重要です。また、「かし(瑕疵)保険」は、売主が倒産しても保険による補償を受けられることもメリットです。仲介会社に対して、かし(瑕疵)保険に加入したい旨を確認してみたらいかがでしょうか。

かし(瑕疵)保険に加入する

民法改正によって売主の責任範囲や責任を負う期間、買主の権利が拡大したことを考えれば、現在の状況を確認する検査(インスペクション)だけではなく、引渡し後に発覚した不具合に備える「保険」に加入することが大きなリスクヘッジになると考えられます。

中古住宅の基礎や柱など構造耐力上主要な部分と外壁や屋根など雨水の浸入を防止する部分が対象となる保険を「かし(瑕疵)保険」といいます。かし(瑕疵)保険とは、国土交通大臣指定の保険法人が提供する保険。もちろん、契約不適合責任を追及された場合の補修などの対応にも適用されます。

図表4:かし(瑕疵)保険の仕組み
概要図
かし(瑕疵)保険は、万一の補修が必要な場合に高額になりがちな、漏水や建物の構造で重要な部分の不具合を補償する(図:住宅あんしん保証の図を元に中古住宅のミカタ編集部作成)

雨漏りなど目に見える形で欠陥や不具合が現れたときには、壁の内部などでかなりの程度、腐食が進行しているということ。契約不適合責任の期間中にこのようなトラブルが発覚すれば、数十万円、数百万円の費用負担を強いられるケースも少なくありません。かし(瑕疵)保険への加入で、多額になりがちな主要構造部の欠陥の補修にも備えられます。加えて、保険加入は買主にとっても安心につながることから、物件の付加価値として評価されることにも期待できます。

売主・買主の「安心」を担保するためにできること
  1. 検査(インスペクション)の実施
  2. かし(瑕疵)保険への加入

5. 民法改正によって増幅した売主の負担を検査や保険で軽減しよう

民法改正により、不動産の売主の責任が「瑕疵担保責任」から「契約不適合責任」に変わりました。責任範囲が、場合によっては解釈の分かれる「隠れた瑕疵」から「契約に適合していない部分」に変わったことにより、取引ルールがわかりやすくなったと言えますが、同時に売主の負担は増加。より重くなった責任を軽減するためには、契約内容の精査・限定するとともに、インスペクションの実施やかし(瑕疵)保険への加入を検討しましょう。

プロフィール写真
秋野 卓生 (あきの たくお)

弁護士法人匠総合法律事務所代表社員弁護士として、住宅・建築・土木・設計・不動産に関する紛争処理に多く関与している。2017年度 慶應義塾大学法科大学院教員(担当科目:法曹倫理)。2018年度より慶應義塾大学法学部教員に就任(担当科目:法学演習(民法))。管理建築士講習テキストの建築士法・その他関係法令に関する科目等の執筆をするなど、多くの執筆・著書がある。

【役職等】
一般社団法人住宅生産団体連合会消費者制度部会コンサルタント
公益社団法人日本食品衛生協会役員推薦委員会委員
一般財団法人建設産業経理研究機構 研究顧問
建設産業経理研究機構「建設工事における今後の電子契約のあり方に関する調査検討委員会」座長
一般財団法人建設業振興基金「登録経理講習委員会」委員