中古住宅の売買契約書や重要事項説明書には、専門的な内容や法的な意味合いを含む条項が多く記載されています。一つ一つの内容を十分に理解しないまま署名・捺印してしまうことが、後々の思わぬトラブルにつながる可能性があります。後悔しない取引のために、契約書面のチェックではどこに注意を向けるべきでしょうか? 本記事では、弁護士の秋野卓生(あきの たくお)氏の見解を交えながら、中古住宅の売買契約において買主が特に押さえておくべきポイントを解説します。
1. まさか!売買契約で見落とすよくあるトラブル事例
中古住宅のトラブルは多岐にわたりますが、特に次の3つは買主が契約時に見落としがちなポイントです。
ローン特約
融資を受けて不動産を購入する人がほとんどですが、売買契約後、住宅ローンの本審査に通らないケースもあります。買主が住宅ローンを組む場合は、不動産の売買契約に「融資利用の特約」(以下、ローン特約)を付けるのが一般的です。
ローン特約とは、融資審査に通らなかった場合に契約を白紙に戻せる特約です。原則として、解約時に違約金などはかかりません。
売買契約にローン特約がついていないなかで融資審査に落ちると、別の方法で決済代金を捻出したり、違約金を負担して解約したりしなければなりません。住宅ローンを利用して中古住宅を購入する場合は、契約書にローン特約が明記されているのが一般的ですが、売買契約時に記載の有無と内容をよく確認するようにしましょう。
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住宅ローン<ローン特約についてもっと詳しく>
住宅ローン審査に落ちる理由。落ちたらどうなる?「融資利用の特約(ローン特約)」を徹底解説契約不適合責任
契約不適合責任とは、売主が物件の不具合などについて負う責任です。民法で規定されており、双方の合意があれば、期間を短縮したり、免責(責任を負わない)としたりすることもできる任意規定となっています。
売買契約上、免責になっていると、引渡し後に不具合が見つかった場合も売主に修繕費用などを請求することができません。特に中古住宅は一定の不具合や劣化が生じている物件も少なくないため、契約不適合責任の有無や期間をしっかり確認することが大切です。
<キーワード解説・用語集>
契約不適合責任<契約不適合責任についてもっと詳しく>
民法の改正で売主の負担がUP!?リスクを回避する方法を専門家が伝授境界確定
中古戸建ての購入では、土地の境界に関するトラブルにも十分な注意が必要です。境界があいまいなまま売買契約を締結すると、隣地所有者との間で境界線をめぐる争いが生じる可能性があります。
境界確定には、時間や費用がかかるだけでなく、場合によっては実際の土地面積が想定よりも小さかったと判明することもあり、購入者にとって大きな損失となるおそれがあります。さらに、境界トラブルは単なる資産上の問題にとどまらず、隣人との関係悪化や長期的な対立に発展するケースも少なくありません。
境界が確定していない場合、契約書には「境界標が設置されていないことを双方が確認した」「売主は境界に関して責任を負わない」といった境界非明示の特約が記載されるのが一般的です。こうした条項の意味やリスクを十分に理解しておかないと、後にトラブルが生じた際に対処できない可能性があります。
境界に関する確認は、契約直前に慌てて行うのではなく、物件選びの段階から意識しておくべき重要なポイントです。
2. そもそも「売買契約書」「重要事項説明書」とは?
中古住宅の契約時に確認すべき書面は、売買契約書だけではありません。物件の詳細を説明している「重要事項説明書」も、売買契約書とあわせてよく確認すべき書類の一つです。
「売買契約書」と「重要事項説明書」の違い
不動産の売買契約書は、売主と買主の意思表示の合致を書面にしたものです。宅地建物取引士も押印しますが、あくまで契約の主体となるのは売主と買主です。
一方、重要事項説明書は、物件の権利関係、法令上の制限、解約条件など、トラブルを未然に防ぐために必要な情報を詳細に記載した説明文書です。宅地建物取引士が買主に対して説明することを義務づけられており、重要事項説明書の存在が不動産会社に仲介を依頼する大きなメリットの一つとも言えます。
重要事項説明書および不動産売買契約書

重要事項説明書もよく確認を
重要事項説明書に記載される内容の中には、一見すると影響が少ないように思える項目でも、将来的に大きな制約となり得るものが含まれている可能性があります。
たとえば、2020年に重要事項説明書への記載が義務化された水害ハザードマップ上で一定以上のリスクがあるとされる地域にある土地では、長期優良住宅の認定を受けることができません。また、建築基準法や都市計画法上、さまざまな制約が課されている土地もあります。
土地を購入する場合、あるいは中古戸建てを購入して将来的に建て替えを検討している場合、これらの制約により建築計画の大幅な変更を余儀なくされる可能性があります。したがって、売買契約書のみならず、重要事項説明書に記載されている内容もよく確認するようにしましょう。
<ハザードマップについてもっと詳しく>
災害に遭いにくい住宅の選び方・備え方は?国土交通省が「ハザードマップ」をリニューアル3. 中古住宅の購入前に確認すべき10のポイント
売買契約書や重要事項説明書などの契約書面は隅から隅まで確認すべきですが、次の点は特に注意して確認しておきたいポイントです。
1.ローン特約の詳細
ローン特約については、特約が付いているかどうかだけでなく、その内容についても詳細に確認する必要があります。融資承認期日や金融機関名、融資金額、金利条件など、具体的な条件が明記されているかをチェックし、これらの条件が満たされない場合、確実に白紙撤回できることを確認しておきましょう。
図表1:「融資利用の特約」項目例

2.手付解除期日
手付解除とは、売主は手付金の倍額の償還、買主は手付金の放棄によって理由を問わず契約を解除できるというものです。民法上、手付解除期日は「当事者の一方が契約の履行に着手するまで」となっていますが、当事者の合意をもって具体的な手付解除期日を定めることもあります。
手付解除期日後に解約するとなると、売主に違約金を支払わなければなりません。違約金は多くの場合、売買代金の20%ですが、これも売主と買主の合意によって決まります。
図表2:「手付解除期日」項目例

3.固定資産税等清算金などの起算日
不動産の所有者が負担する固定資産税や都市計画税、マンションの管理費や修繕積立金は、日割り計算して買主が売主に清算金として支払うのが一般的です。起算日によって清算金額が変わってくるため、自分にとって不利益になっていないか確認しましょう。
図表3:「固定資産税等清算金」項目例

4.建築上の制限
水害ハザードマップのみならず、建築基準法や都市計画法、景観法などの制限により、建築できる建物の仕様・構造が変わってきます。資産性への影響も懸念されるため、契約時点では建て替えなどを検討していなかったとしてもよく確認し、把握しておくようにしましょう。
5.ライフラインの整備状況
中古住宅であれば問題なく電気・ガス・水道が使えているはずですが、特にガスについては都市ガスなのかプロパンガスなのかを確認しておきたいところです。ガス料金は都市ガスのほうが安いですが、一部のエリアでは整備されていません。
6.越境物および越境物に関する覚書の有無
隣地から雨樋や屋根の一部などの越境物がある場合、現所有者である売主と隣地所有者の間で「建て替え時に越境状態を解消する」といった内容の覚書が結ばれているのが一般的です。覚書があれば特約として記載されます。越境が見られるにもかかわらず覚書がない、あるいは特約事項に設けられていない場合は不動産会社に確認を入れましょう。
7.振動・騒音の有無
幹線道路沿いの物件などの売買契約書には「大型車両の走行により振動・騒音を感じることを買主が確認した」という特約が小さな文字で記載されることがあります。このような特約事項を見落とすと、入居後の振動や騒音について売主に責任を問うことができなくなります。
8.地盤調査の有無
中古住宅購入において見落とされがちなのが、地盤に関するリスクです。売買契約書や重要事項説明書に記載される内容だけでは、地盤の状態はわからない可能性があります。
軟弱地盤の土地では、将来、建て替えを行う際に地盤改良工事が必要となり、数百万円の追加費用が発生する可能性があります。地盤調査が義務化されたのは比較的最近のことであり、築20年以上の物件では地盤調査が実施されていない可能性があります。
購入を検討している物件で過去に地盤調査が行われている場合は、その結果を入手することで将来のリスクを予測することができます。周辺の地盤情報は、国土交通省の「地理院地図」などで調べることもできます。
9.アスベスト含有の有無
建築時期が古い建物には、建材に有害物質にあたるアスベスト(石綿)が含まれている可能性があります。アスベストを含有している建材が使用されている場合、リフォームや解体時には飛散防止の措置を講じなければならず、費用が割高になります。
売主が売買契約時にアスベスト含有の有無について詳細な調査をする義務はありませんが、過去の建築図面や仕様書を入手できる場合は、事前に確認しておくようにしましょう。
図表4:「アスベスト含有の有無」項目例

10.修繕積立金・管理費の状況
中古マンションの購入時には、修繕積立金と管理費の状況も確認しておきたいところです。売主が修繕積立金や管理費を滞納している場合、その債務が物件とともに買主に承継される可能性があります。
マンション全体の修繕積立金の積立状況や未納戸数の割合なども、将来的な管理運営に影響する重要な要素です。管理規約についても、ペットの飼育可否やリフォームの制限、専有部分と共用部分の区分など、居住に直接関わる内容を詳細に確認する必要があります。
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修繕積立金<修繕積立金・管理費についてもっと詳しく>
中古マンションの修繕積立金が3.1%引き上げで負担増。今後上がりそうなマンションの見分け方は?管理費・修繕積立金をチェック!4. 後悔しないために!中古住宅の購入で意識しておきたい心得
住宅は高額な資産でありながら、購入時には短期間で多くの判断を求められます。契約の場では緊張感も高まり、その場の雰囲気に流されて署名・捺印してしまう人も少なくありません。疑問点がある場合は、解消してから売買契約を交わすことが大切です。
契約書面は事前にもらってチェックする
売買契約書や重要事項説明書は、契約当日に初めて目にすることも少なくありません。個人であれば、法人のようにリーガルチェックをすることもほとんどないでしょう。
把握・理解すべきことは膨大ですが、重要事項説明書の読み合わせには数時間かかり、不動産会社や売主がいる場で気になるところを質問したり、隅から隅まで確認したりすることは容易ではありません。そのため、売買契約書や重要事項説明書などの契約書面はできれば事前に共有してもらい、十分な時間をかけて内容を確認・検討するのが理想です。
疑問点は契約前に必ず解消する
契約当日は、売主や買主、不動産会社の営業担当者など、多くの関係者が集まり、緊張感のある雰囲気の中で手続きが進められます。疑問点があっても質問しにくいかもしれませんが、売買契約書や重要事項説明書に記載されている事項はその後の暮らしに大きく影響してくるため、不明点は必ず確認し、解消するようにしましょう。
周囲から「他にも購入希望者がいる」「今日決めてもらわないと条件が変わる」などのプレッシャーをかけられることもあるかもしれませんが、惑わされることなく、自分のペースで契約内容を確認することが大切です。疑問点や不明点が解消できないのであれば、思い切って、改めて契約日を設定することも選択肢の一つとして考えるべきです。
検査(インスペクション)の実施を検討する
中古住宅の売買では、売主の契約不適合責任は3ヶ月になるのが一般的です。しかし、引渡し後3ヶ月以内に不具合が発覚するとは限らず、特に建物の傾きなどは時間が経ってから発覚することもあります。
購入時点の建物の状態をできる限り詳細に把握するには、売買前の「検査(インスペクション)」が有効です。検査(インスペクション)とは、建物に詳しい専門家や建築士が基礎や外壁のひび割れ、雨漏りによるシミや劣化、不具合の有無などを目視や計測によって調査・診断を行うものです。特に、売主の契約不適合責任が免責となっている場合は、契約後に不具合などが発覚しても売主に改善するよう求めることができないため、マストと言えるでしょう。
<検査(インスペクション)についてもっと詳しく>
中古住宅の「検査(インスペクション)」って何をするの?検査の流れやプロが使う道具を紹介!瑕疵(かし)保険の加入を検討する
検査(インスペクション)の結果、一定の要件を満たせば「瑕疵(かし)保険」に加入できます。瑕疵(かし)保険とは、中古住宅の引渡し後に基本構造部分(構造耐力上主要な部分と雨水の浸入を防止する部分)について、不具合や欠陥が発覚したときに補償が受けられる仕組みです。
<キーワード解説・用語集>
基本構造部分検査(インスペクション)は非破壊調査であるため、すべての不具合を発見できるとは限らず、特に中古住宅は見えない部分に不具合が隠れていることも少なくありません。検査でもわからなかった構造上の重要な不具合をある程度カバーしてくれるのが、瑕疵(かし)保険の大きなメリットです。契約不適合責任が免責の場合は、特に瑕疵(かし)保険への加入が必要だと思います。
図表5:瑕疵(かし)保険の対象となる部分

<キーワード解説・用語集>
既存住宅売買瑕疵保険<瑕疵(かし)保険についてもっと詳しく>
「瑕疵(かし)保険」ってなに?「瑕疵保険」が必要な理由とは。5. 住宅購入は「高価な買い物」。後悔やトラブルがないよう契約書・重要事項説明書をしっかりチェックしよう
中古住宅の購入において、売買契約書と重要事項説明書の確認・理解は、トラブルを未然に防ぐうえで極めて重要です。ただし、契約書類だけでは把握できないリスクも存在するため、検査(インスペクション)を入れるという選択肢があることを知識として持っておき、要件を満たす場合は瑕疵(かし)保険の加入も検討したいところです。
契約当日の緊張感や不動産会社、売主のペースに流されることなく、疑問点は必ず確認し、必要に応じて専門家の意見を求めることで、安心して中古住宅を購入できるはずです。
弁護士法人匠総合法律事務所代表社員弁護士として、住宅・建築・土木・設計・不動産に関する紛争処理に多く関与している。2017年度 慶應義塾大学法科大学院教員(担当科目:法曹倫理)。2018年度より慶應義塾大学法学部教員に就任(担当科目:法学演習(民法))。管理建築士講習テキストの建築士法・その他関係法令に関する科目等の執筆をするなど、多くの執筆・著書がある。
【役職等】
一般社団法人住宅生産団体連合会消費者制度部会コンサルタント
公益社団法人日本食品衛生協会役員推薦委員会委員
一般財団法人建設産業経理研究機構 研究顧問
建設産業経理研究機構「建設工事における今後の電子契約のあり方に関する調査検討委員会」座長
一般財団法人建設業振興基金「登録経理講習委員会」委員