買うコツ

「他人間相続」がこれからのトレンドに!? 一つのリノベーション作品から見る中古住宅の可能性

今泉 幸崇

「相続」と聞くと、多くの人がまず思い浮かべるのは「親から子へ」といった家族間の継承ではないでしょうか。しかし近年、その常識にとらわれない新たな住まいの引き継ぎ方が注目され始めています。

2024年の「リノベーション・オブ・ザ・イヤー」1,500万円以上部門で最優秀作品賞を受賞した「サンタティ〜他人間相続〜」は、その象徴とも言える事例です。まったくの他人同士である買主と売主が“想い”を重ねていくことで、当初は解体予定だった築43年の中古住宅の売買が実現。単なる不動産取引を超え「相(あい)続く」住まいの形を体現しています。

本記事ではこの「サンタティ」の仲介およびリノベーションを施工したリノクラフト(株)の今泉 幸崇(いまいずみ ゆきたか)が、事例の紹介を通じて、中古住宅が持つ新たな可能性を紐解いていきます。

1. 「他人間相続」とは?受賞のポイント

「他人間相続」とは、親子間ではなく他人同士で家やその歴史を引き継ぐ新しい形の相続です。「サンタティ」では、売主と買主が想いを重ね、物理的な所有だけでなく精神的な価値も引き継ぐことで、売買の枠を超えた取引が実現しました。

「サンタティ」に込めた意味

「相続」という言葉は、サンスクリット語の「saṃtati(サンタティ)」に由来しています。もともとは仏教用語で、私たちが通常使う「相続」とは意味合いが少し異なり、「心の連続性」や「跡を継ぐこと」を指します。

この事例に「サンタティ」という名前を付けたのは、相続の本質的な問いである「何を引き継ぐのか」に焦点を当てたからです。売主と買主は他人ですが、共通点が多く、土地や建物だけでなくその想いも引き継がれています。

買主は家の世界観をリスペクト

この物件で何より見てほしいのは、LDKの世界観です。改修内容の詳細については後述しますが、LDKは内装をほとんど変えず、既存の空気感をそのまま残しています。買主は、売主が大切にしてきた暮らしを敬愛し、この家の世界観や空気感を深くリスペクトしています。

通常、家は売買できても、その価値観や歴史までは売買できません。しかし、この「サンタティ」の事例では、この家の歴史や住んできた人びと、関わった人たちの想いをたしかに引き継いでいると感じます。

LDKの Before・After
【Before】

【After】

板張りの壁や現しの構造材など、内装はほぼ原形を留めている(画像出典:リノベーション・オブ・ザ・イヤー2024/画像提供:リノクラフト
「他人間相続」とは?
  • 相続は、サンスクリット語で「心の連続性」や「跡を継ぐこと」などを表す「saṃtati(サンタティ)」の訳語
  • 相続とは本来、何を引き継ぐのかが重要
  • 他人間であっても、家の歴史や想いを引き継ぐことができる

2. 建物の劣化が進み解体するつもりだった売主、建物に惚れた買主

相続のような売買をした売主、買主ですが、当初の両者の意向はまったく異なるものでした。

物件探しに2年をかけた

買主は、60年代ヴィンテージをこよなく愛す人で「味わいのある家」を求めていました。さらに、昔の日本のように、お正月やお盆、地域のお祭りがあるときなどに、家族や親戚、近所の人が集まれる賑わいのある家を理想としていました。具体的な広さで言えば、150㎡以上。ヴィンテージを好むとともに、当時のライフスタイルそのものを理想としていたのだと思います。

また、夫婦共働きだったため、お互いの職場の中心のエリアを希望していました。しかし近年、広い家は市場に出ることが少なく、売却時には解体して分筆されるのが一般的です。加えて、ディテールに強いこだわりがあり、エリアが限定されるとなると、条件に合う物件を見つけるのは非常に難しく、2年かけてようやく見つけたのが築43年の大きな中古戸建てでした。

売主は解体を希望

買主にとって理想的な家が見つかったものの、売主はその古さから安全性を危惧し、解体して更地にして引き渡すことを希望していました。建物の劣化も進んでおり、売主としては責任を追及されても困るし、この状態で住んでもらうのは心配という考えだったのでしょう。

娘は嫁いでおり、ほかに相続をしたいと申し出る親族もいなかったため、高齢になった売主は「身軽になりたい」「心配事を残したくない」という想いが強かったのかもしれません。

当初の状況
  • ヴィンテージが好きな買主が2年かけてようやくたどり着いたのが築43年の中古戸建て
  • 買主はそのままの建物に住むことを希望していたが、売主の希望は建物の解体・更地渡し

3. 「検査(インスペクション)」が買主の希望を叶えるきっかけに

家を解体したい売主、そのまま住みたい買主。両者の意向が平行線の中、どうすれば売主に考え直してもらえるか考えたときに、私たちは売主の不安を取り除くことが大切だと思いました。そこで提案したのが「検査(インスペクション)」です。

なぜ検査(インスペクション)を実施?

検査(インスペクション)とは、第三者の建築士による建物調査です。劣化事象を洗い出す目的で実施しました。

古い家を検査(インスペクション)するのは、スムーズに取引するためには逆効果のようにも感じる人もいるかもしれませんが、買主は劣化事象があることについては織り込み済み。売主の不安を取り除き、両者の希望を叶えるためには、すべての劣化事象を明らかにして買主にすべて告知すること、そのうえで納得して購入してもらい、危険なところなどは直して住むことが不可欠でした。

気持ちだけでは安全な取引は成立しません。検査(インスペクション)という制度を活用し、さらに買主の想いを尊重したうえで一定のリノベーションをすることで、両者の想いを叶えながら安心できる取引になったと思います。

買主の想いが伝わったことで解体なしで売買

買主は「なぜこの家に住みたいのか」「どんな暮らしをしたいのか」という想いを手紙に綴り、売主に渡しました。「欲しいから売ってください」「いくらでどうですか?」という事務的な交渉・やり取りだけでなく、買主の気持ちの部分が伝わったことで、最終的には売主も安堵し、現状のままでの売却を決断しました。「親子ではないけれど、現状をしっかり理解したうえで、この家の歴史や空気感といったものを引き継いでくれる人がいればそれもいいかもしれない……」と気持ちが変わっていったのではないでしょうか。

最終的には売主も、住まいの再生を心待ちにしてくれていました。

リノベーションすべき箇所も明確に

検査(インスペクション)によって見つかった劣化や不具合を直すことは、買主、売主に対する私たちの責任でした。検査(インスペクション)は単に劣化事象を洗い出すだけでなく、リノベーションが必要な箇所を明確にする役割も果たします。

優良なリノベーションや中古住宅売買の促進という面でも、検査(インスペクション)は非常に重要です。一方、検査(インスペクション)と適切な補修によって安心な建物だというお墨付きを与えることもできます。

買主が最も避けたいのは、問題や不具合があること自体よりも「買った後に問題が発覚し、想定していない費用がかかってしまうこと」です。購入前に修繕すべき点が明らかになることは必ずしもデメリットではなく、建物の状態が明確になることで事前に修繕やリノベーションに必要な予算の検討がつく、というメリットにもなり得ます。

「検査(インスペクション)」が買主の希望を叶えるきっかけに
  • 買主は劣化事象があることについては織り込み済み。売主はすべての劣化事象を買主に知ってもらったうえで納得して購入してもらい、危険なところなどは直して住んでもらいたいという想いがあったことから、両者の希望を叶えるために検査が不可欠だった
  • 検査(インスペクション)の実施に加え、買主はどうしてもこの家に住みたいという想いを手紙にしたためて売主に渡したところ、最後は売主も安堵して現状のまま売却を決めた
  • 検査(インスペクション)によってリノベーションすべき箇所も明確になった

4. 安全性と買主の想いの両立を実現したリノベーション

買主は当初「水周りだけ交換してくれればいい」という意向でしたが、やはり築43年です。劣化が進み、耐震や断熱の面でも安心・快適とは言えない状態でした。安心・安全に住み続けてもらうことが売主との約束でもあったので、私たちは買主の気持ちを尊重したうえで、性能向上も含めたリノベーションプランを提案しました。

買主の当初のリノベーションの予算は、800万円ほど。この予算は当初、一部の改修で住める住宅を探していたことによります。今回の住まいは売主が解体することを前提に売り出されていましたが、解体が不要になったため解体費用分を減額することができました。結果としてリノベーションにかかった費用は1,800万円ほどになりましたが、建物の購入費用はほとんどかからずに性能向上まで実現できたことで、買主には非常に満足してもらえました。

間取りのBefore・After

既存の間取りを活かしつつ、買主の暮らしや現代の住宅性能に沿うよう改修(画像出典:リノベーション・オブ・ザ・イヤー2024/画像提供:リノクラフト

断熱材・サッシの総入れ替えで断熱性能を向上

一般的に、築43年の中古戸建てはほぼ無断熱状態です。この家も例外ではなく、快適性と省エネ性能を高めるために断熱材を充填し、サッシを断熱性能の高いものに総入れ替えしました。

できる限り内装を変えたくないという買主の希望から、断熱材は建物の外側から充填し、外壁のサイディング工事も行いました。外壁を一新したことで、雨水の浸入防止策になったと同時に屋根も劣化対策工事を行いました。

外観のBefore・After
【Before】

【After】

外壁から断熱材を充填し、外壁のサイディング・屋根も一新(画像出典:リノベーション・オブ・ザ・イヤー2024/画像提供:リノクラフト

旧耐震基準から現行の耐震基準レベルに

現行の基準と比べて壁量も不足していましたが、耐震補強によって現行基準を満たす水準まで耐震性を引き上げました。買主は床板もそのまま使いたいという希望だったもののシロアリ被害が見られたため、一度すべて取り除き、室内造作に合わせた無垢フローリングを新設。既存の床板は、食害が見られた木材に防蟻処理と断熱施工をしたうえで棚板やワークデスクなどに再利用しました。

LDK After

一度取り除いた床板は、ワークデスクなどとして再利用(画像出典:リノベーション・オブ・ザ・イヤー2024/画像提供:リノクラフト

長く安心して住めるように配管や主要構造部分も一新

買主に長く住んでもらえるよう、給水管や給湯管、排水管、ガス管などの配管はすべて新品に入れ替えました。また、表面の部材はできるだけ残しつつ、大屋根部分と基礎柱、梁などの基本構造部は、必要部分を修繕し、外壁についてはサイディングの全面貼り替えを実施しました。

雰囲気を残すために表面の部材は再利用。細やかな配慮も

既存のものを残している部分は、綿密に養生したうえで部分的に一部を外して復旧しました。新しいものと古いものの取り合い部分も、できる限り違和感が出ないように施工しています。私たちの設計時はもちろん、施工に携わる大工さんにもかなり神経を使ってもらいました。

入居された後に買主から話を聞くと、吹き抜けのあるLDKもエアコンの弱運転で十分に効くため、光熱費が低く抑えられ、快適に過ごせているとおっしゃっていました。売主にも「できあがったらぜひ見に来てください」と伝え、楽しみにしてくれていたのですが、竣工前に亡くなり、残念ながら売主の施工後の見学は実現しませんでした。

安全性と買主の想いの両立を実現したリノベーション
  • 買主は当初、水周りの交換のみを希望
  • 築43年ということで劣化が進み、安心・快適とは言えない状態だったため、補修と性能向上リノベーションを提案
  • 断熱材・サッシを総入れ替えして断熱性能を向上
  • 旧耐震基準から現行の耐震基準まで補強
  • 配管も一新して長く安心して住み続けられるように改修
  • 買主の求める雰囲気を再現するよう細やかに配慮

5. 「他人間相続」は少しずつ増えてきている?

「サンタティ」に限らず、他人間相続の事例が少しずつ見られるようになってきました。中古住宅を安心して取引するための仕組みやリノベーション技術の向上など、環境が整いつつあることから、今後はさらに事例が増えていくでしょう。

家は多くの人にとって思い出の場所

以前、築50年の古い家でも、他人間相続のような取引がありました。買主は長らく団地住まいだったこともあり、古いけれどしっかりとしたつくりの一戸建てを気に入り、売買する方向で話が進んでいた中、売主が逝去。相続した人は住むことも活用することもないということで、そのまま買主が購入したので、まさに他人間相続と呼ぶにふさわしい事例だったと思います。

売買後、リノベーション工事の現場チェックをしていたときに、見知らぬ人が心配そうに「この家どうなっちゃうんですか?」と尋ねてきました。どうやら親戚や知人がよく集まる家だったようで、この家が売れたと聞いて心配していたのだと言います。

「実はご売却されて他の方が購入されたのですが、この風情をとても気に入っていらっしゃるので、リノベーションして暮らし続けることになったんですよ」と伝えると、「人手に渡ってしまうのは仕方ないけれど、みんなで楽しかった思い出が詰まっている家。それがなくなってしまうと、私が子どもの頃に楽しかったという事実までも消えてなくなってしまうような気がしてとても悲しかった。残してくれるならよかった」と、非常に安堵した様子でした。

このとき声をかけてくれた人にはリノベーション工事が終わった後の見学会に来てもらったのですが、建具や縁側、フローリングなどがしっかり残っているのを見て、涙ながらに喜んでくれました。家は所有者だけのものではなく、家族や親戚、地域の人にとっても大切な思い出の場所なのだと改めて感じた事例です。

他人間相続を取り巻く環境は整いつつある

「サンタティ」や上記事例の買主のように、古い家に魅力を感じる人もいます。今後、相続も空き家もどんどん増えていくことは必至なので、他人間相続のような事例も増えていくのではないでしょうか。リノベーション技術の進歩、検査(インスペクション)などの整備(重要事項説明書への記載の義務化含む)もあって、他人間相続をしやすい環境も整いつつあります。

特に中古の一戸建ては、安全性や快適性において何かしらの課題を抱えていることも少なくありません。古い家を売買する際は検査(インスペクション)を実施し、不具合などを明らかにしたうえで、売主・買主双方が納得して取引することが大切になってきます。

一方、リノベーションに興味を持ちながらも途中で諦めてしまう人もいます。個性を求めて中古住宅購入+リノベーションの選択肢をとったはずが、周りの意見に左右され、途中でコストに対して個性のほうが折れるケースを見ることも少なくありません。大切なことは、他の誰でもなく、自身と家族にとってベストな暮らし方を追求することです。そして、不動産仲介会社だけでなく、優良なリノベーション会社と住まい探しから一緒に進めていくことで理想の住まいが実現できるはずです。

6. 売主、買主、関わる事業者が「三方よし」の中古住宅の取引を増やすために

「サンタティ」では、売主と買主の“想い”を繋ぐことができ、私も非常に喜びを感じています。加えて、このような賞を受賞したことで、不動産会社やリノベーション会社の認知が進み、参考にしてもらえることも期待しています。

私たちのように理想の暮らしと住まいの実現をサポートする側は、物件価格とリノベーション費用をセットで融資を申請したり、はじめは汚く見える中古戸建てでもリノベーションすればどんなに変わるのかを買主がイメージできるようにプランを提示したりする必要があるでしょう。そして、リノベーションや改修工事に対する技術とプライドを持ち、売主、買主をしっかり導いていくことが求められています。今後、売主、買主、そして関わる事業者の「三方よし」の取引が広がっていくことを願っています。

今泉 幸崇 (いまいずみ ゆきたか)
愛知県豊橋市出身。娘の誕生をきっかけに名古屋からUターン。地元豊橋を盛り上げるべく、リノベーション専門会社であるリノクラフト(株)を立ち上げる。(一社)リノベーション協議会東海部会長。リノベーション・オブ・ザ・イヤーでは、2020年に(株)リアルとのコラボ作品「THE NEW STANDARD」で「次世代再販リノベーション賞」を受賞。本作「saṃtati(サンタティ)〜他人間相続〜」は2024年「1500万円以上部門 最優秀作品賞」を受賞。